地面師とは,
土地を利用した専門の詐欺師(詐欺師グループ)
(大東文化大学野口昌弘研究室ホームページ講義資料「地面師――不動産を操る詐欺集団」より)
をいう。
地面師詐欺については, 大東文化大学法学部野口昌弘研究室ホームページ講義資料「地面師」の項目に詳しく述べられている。

「クロサギ」という漫画がありシリーズになっているが,詐欺師をテーマにした作品なので地面師詐欺も数回登場している。「新クロサギ」単行本15巻において,詐欺師相手に詐欺を行うことを専門とする主人公「黒崎」が詐欺師相手に地面師詐欺を行う場面があったが,実現可能だろうか。

詐欺の構成はいくつもあると思うが,
1 「価値のない物や権利を安く仕入れて,被害者に対し,それが価値のある物や権利であると誤解させて高く売りつける。」
2 「価値のある物や権利が手に入ることはないのに,それが手に入るものと誤解させて金銭を交付させる。」
というのは,比較的オーソドックスな構成だと思う。

地面師詐欺が行われるのは,
不動産取引は代金が高価なことが多く,詐欺によって負うリスク,かけるコストが見合うと判断されやすい,不動産は動産に比べて容易に資料や現物を検討することが可能で被害者に売買の真実性を誤信させやすい,などの理由によるのだと思う。

上記「新クロサギ」の地面師詐欺のごくおおまかな構成は以下のとおりである。
1 「佐藤壮一郎」という人物が,千葉にある土地(以下,「甲土地」という。)を所有している。
2 主人公「黒崎」が,佐藤壮一郎の子佐藤何某を名乗り,法条グループの一角である集団に甲土地の売買契約を持ち掛ける。
3 上記集団に所属する不動産会社「HR&D」が甲土地の購入を検討する。
4 黒崎は佐藤何某を名乗り,甲土地にて「HR&D」の代表者と会い,甲土地の登記済証(権利証)を同人に見せる。
5 「HR&D」は,甲土地の登記事項証明書を確認し,同土地の購入を決意する。
6 契約締結及び代金決済の場を用意し,黒崎は氏名不詳のXに依頼し,佐藤壮一郎になりすまさせる。
7 「HR&D」はXが佐藤壮一郎であると誤信する。
8 有効な売買の合意ができたと誤信した「HR&D」は,佐藤何某になりすました黒崎が指定する口座に甲土地の売買代金3億円を振り込む。

作者サイドとしては,より実際に近い詐欺の手法を描くと悪用する者が出てくると考えて,あえて穴のある設定を使ったのかもしれない。
いくつか現実の取引実務と異なる描写があるので,指摘すると

1 専門家の関与についての嘘のつき方がおかしい。
  代金を支払う場面では,通常,「立会人」がいるはずだが,上記詐欺には出てこない。
  代金を支払ったのに所有権移転登記ができない,などということがあれば買主は権利が保護されず危険な状態に置かれる。場合によっては今回の詐欺のように大損害が発生する。そのような事態を防ぐため代金支払いは,所有権移転登記に必要な書類一式と引き換えに行うことがほとんどである。そして所有権移転登記に必要な書類一式が揃っているかを法的な見地から確認する専門家が代金決済の場に立ち会うことが有用なため,多くの不動産代金決済には「司法書士」が立会を行う。
 上記詐欺では,立ち合いはなされず,HR&Dは,
ウチの行政書士が法務局に行ってるんで、入金の確認ができたら名義もすぐにHR&Dさんに変更しますね。
という佐藤何某になりすました黒崎の言葉を信じて代金を振り込んでおり,通常の取引ではまず考えられない。ただし,それほど深い信頼を得たという黒崎の詐欺師としての手法にこそ評価が与えられるべきなのかもしれない。実際,専門家によるの立ち合いの意義を感じず,単に形式的に司法書士が責任を負う儀式のように煩わしいものと考えている不動産会社もあるかもしれない。
 ところで,司法書士・弁護士は業として登記申請代理を行うことが法律(弁護士法,司法書士法)によって許されており,不動産取引に慣れたものであればそれは常識的な知識であるが,上記詐欺において法務局で待機しているのはなぜか「行政書士」である。その行政書士が司法書士あるいは弁護士の資格も持っていたということも理論上は考えられるが……
 それか黒崎が単に言い間違えただけかもしれない。
 黒崎としては,司法書士になりすますための別の詐欺師を雇い,代金決済の場に立ち会わせるべきであった。 
 したがって,買主サイドとしては,立合いを行う司法書士がなりすましでないかどうか確認する必要がある。 司法書士であるかどうかは司法書士徽章(バッチ)と司法書士会の会員証で確認できるが,それすらも偽造である可能性があるので,立合いをする司法書士は代金を払う側である買主が用意するのが一番安全であろう。

2 申請翌日には登記が上がっていないことが多い。
  上記詐欺が明らかになったのは,翌日HR&Dが法務局に所有権移転登記がなされているかどうか登記情報を確認したことに端を発する。
  しかし,最近は登記があがるのが早くなったとはいえ,申請翌日に登記があがっているかどうかは微妙である。やはり数日は要するものと考えおかなければならない。 登記所(法務局)としても地面師詐欺は怖いし,そもそも間違った登記を通すわけにはいかないので,登記済証(権利証)が偽造でないか,その他添付書類は偽造でないか,そもそも申請書の記載は正しいか,添付書類に不足はないか,などをチェックし,「受付,調査,記入,校合」といった段階を踏んで慎重に登記がなされており,時間がかかるのはやむを得ない。
 もっとも,詐欺だった場合に素早い対応をするということですぐにでも登記があがっていないか確認することは無意味とは言えない。本件でも結果的には手遅れだったが翌日には判明した。ただし,本当に登記申請がされている場合も,そうでない登記が申請されている場合も「登記中ですので取得できません」という回答が返ってくる可能性がある。その場合,どのような登記が申請されているから登記中なのかは,基本的には法務局は教えてくれない。教える根拠法令がないからであろう。 

買主としては,とにかく不動産取引には絶対必要な本人確認をしなかったことが最大のミスであった。しかも買主は不動産業者であるから,ゲートキーパー法上も本人確認義務があったと思われる。

とはいえ,添付書類や印鑑,身分証明書の偽造精度が高ければ,少なくとも立ち合いによって見破るのは困難である。 

また,黒崎のすごさは,多少不自然な点があっても気にしない,あるいは気にしていられない心理状態を作り出すまでが重要な点であって,不用意な代金支払いをさせること自体が詐欺の一部であると考えれば,上記指摘はナンセンスなものかもしれない。